今日はWタイトルで開催される『オートスポーツ スポーツカート東日本シリーズ(以下AS杯)』第5戦と『CAスポーツカート耐久シリーズ』最終戦のチーム・サポートとして、サーキット秋ヶ瀬に行ってきた。

今回出場せずサポートに回ったのは、ポイント争いが佳境だったこと、そして自分が出場していた時に思った「誰か全体を通して見てくれる人が居れば…」という願望から、「だったら僕がやれば良い」と判断したことによる。実際にはGT-1、GT-2ともにポイント争いをしていたので、全体を通して見れるわけではなかったが…。

ガレージCワークスGT-1

SL全国大会を終え、急ピッチにGT-1車両の制作。このブログでも連日その過程をお伝えしたが、実はドライバーさん達に変な心配をかけないよう、一部伏せていたこともある。その最たるものは、エンジン到着のドタバタから、前日までリア・スプロケを入手できなかったことだ。朝から東京・埼玉・千葉のカート屋に電話しまくり、たまたま新東京に練習に行っていたチームメイトのミクちゃんにお願いして、入手してもらった。気が気じゃなかった。スタッフの岡田さんの連日連夜の作業により、やっとレース日に間に合ったという状況だった。

ガレージCワークスGT-1

実質シェイクダウンは、今日の午前の練習走行だったといえる。しかしマシンをドライバーさんとスタッフの岡田さんに託し、レース序盤に監督代行をするGT-2の準備を始めなければならない。後ろ髪を引かれる思いだったが、GT-2はGT-2で責任重大だ。耐久の勝負は序盤で決まってしまうことが多いという。今回のGT-2は、マツケラさんが監督してくれる。マツケラさんといえば、今年のAS杯のチャンピオン・チーム『SAFTY FAST』のメイン・ドライバー。しかし第1スティントのみで走行を終え、我々の監督に就いてくれることになっている。それまでの繋ぎ、その大事な序盤を預かるのだ。

まずドライバーの装備重量を事前にチェック。8回ストップになることが確実となった。8回といえば、正直絶望的な数字である。しかしセーフティカー(以下SC)の回数次第では、チャンスがあるかもしれない。1回のSCで2度のドライバー交代する通称Wドラチェンを駆使すれば、あるいは…。くじ引きの結果、8番手スタート。マツケラさんと作戦を確認する。最初の2周でドライバー交代し、速さのあるドライバーをフリーで走らせることに。そしてSCが来れば、Wドラチェン。隊列復帰には速さもあり、混戦に強いドライバーを持ってくる。つまり岡田さんだ。多少の場合分けはあるにせよ、比較的シンプルな作戦。なんとか監督代行が務まりそうだ。

さてさてGT-1マシン。走りだしは暗雲が立ち込めたように思えたが、経験豊富なドライバー達により、急ピッチに熟成が進む。この手際は見事だった。なんとか前回のメーカー・レンタルに匹敵するタイムにまで持っていく。大きくタイムアップをしているドライバーさえ居る。今回は排気量の大きいGX270。なんとか前回以上のスピードを目指したい。GT-2チームをマツケラさんに引き継いだ後は、このGT-1チームの眼にならなければならない。基本的なオーダーをドライバーさん達と確認し、GT-2の監督を代行している序盤は、耐久慣れした”マック矢島さん”を中心に、ドライバーさん達に託すことにした。

さてさてお昼休みを挟み、いよいよレース。

GT-2チームのスターティング・ドライバーはフクダさん。スタートの混乱はなく、SCも入りそうにない。予定の2周を終え、速さのある零式くんに交代。予定通りフリーな状況で、順調にラップをこなす。18歳未満の彼には、1スティント最大23分という制限時間があるが、前走者に引っかからない限りは、最大限に走行してもらう。一方GT-1チームは、地方選ドライバー”ヒガシ君”がスタートの混乱を掻き分け、トップに躍り出ていた。チャンピオン・チームである『SAFTY FAST』のマツケラさんも後方集団から抜け出し、兄弟2チームによるトップ争いが繰り広げられる。

結局SCは入らず、GT-2チームは予定のドラチェン、エース岡田さんへとスイッチ。ここでマツケラさんが走行を終え、GT-2チームに合流する。現状の引き継ぎを行ない、僕はGT-1チームへと合流した。

まさに突貫工事で制作されたガレージCワークスGT-1マシン。排気量が上がったせいか、セッティングの問題か、ドライバーの疲労度が高いようだった。チーム編成は若者2人とオッサン2人の計4人。規定の5回ストップの6スティント構成なので、2人は2スティントとなる。SC次第ではあるが、体力的な問題からロングの1スティントは若者2人に託すことになった。つまり、スタート・ドライバーである”ヒガシ君”はSCが入らない限り、可能な限り引っ張る。

快調にトップを走行していた”ヒガシ君”、オッサン達は最初の給油まで引っ張ることを決断。開始45分を過ぎ、「のばすよ~」とサインを送ろうとした時だった。”ヒガシ君”が何やらマシン後方を指刺し、怪しげなゼスチャー。トラブルか?? 急いで給油の準備を行ない、ピットで待ち受ける。3分間の給油時間、作業を行ないながら、その症状を聞く。ブレーキだった。ブレーキパッドが異常摩耗を起こし、ペダルがフレームに当たる程深く、擦り減っていた。ひとまずブレーキワイヤーとペダルで調整し、2番走者”ススム君”を送りだした。ピットからのサインに、ひとまず「OK」というススム君からのジェスチャー。しかしゴールまでは持たないかもしれない。GT-2のスティントを終えたスタッフ岡田さんに伝える。最悪リペアするにも、新しいパッドが必要だ。地の利を活かし、ショップに届けてもらうことになった。

ピットとの兼ね合いもあるが、基本的には『SAFTY FAST』とのトップ争いが続く。ススム君も45分以上のロング・スティントだった。しかし、予想通りブレーキが深くなっていき、ドライバーのサインから給油のピットイン。ブレーキパッドの異常摩耗は確実に進んでいた。リペアは必至だった。再びブレーキワイヤーとペダルと調整し、ひとまず3番走者”高橋さん”を送り出す。パッドが擦り切れるまでに、SCが入れば、その感にリペアすることで、ダメージを最小限に留められる。しかしSCは入らなかった。もう限界だと判断し、パッドを交換するために、ピットサインを出す。断腸の想いだった。岡田さんとヒガシ君による懸命の作業、しかしレースでは長すぎる6分間を消費。当然トップ争いからは脱落。絶望的なピットアウトだった。

4番走者は”マック矢島さん”。しかしブレーキのクリアランスは十分ではなかった。熱膨張により、今度は常にディスクを磨る状況。とても走れる状態ではなかった。失意の2回目のリペア。空ぶかしでパッドの摩耗を試み、高橋さんを送り出した。しかし症状は治まらず、GT-2マシンにも抜かれていく。これ以上は危険だとし、ドライバーに同意を取り、リタイアを決断した。

この1週間、突貫工事ながら熱意を注いだGT-1マシン。それでもトップ争いを演じだガレージCワークス・マシン。正直、涙が込み上げた。ドライバーはもっと悔しかっただろう。夢は見れた。しかし夢に終わった。兄弟チーム『SAFTY FAST』とともに、もてぎに行き、そこで勝負したかった。しかし耐久レースなのだ。マシンの耐久度も争うレースなのだ。他のチーム達は、そこに優ったのだ。認めたくはないが、負けは負けなのである。

GT-2チームは頼みのSCが一度も入らず、6位に終わった。ガレージCのレンタルカート・フェスティバル”もてぎ”への挑戦は終わった。

正直な気持ちを吐露する。本来レーシングカート・チームであるガレージCが、スポーツカートの文化に触れ、今季3戦を戦った。初戦はGT-2のみのエントリー、楽しみながら参加した。この時は参加だった。2戦目にはGT-2は参戦レベルに達し、ドライバーの選定も行なった。そしてメーカー・レンタルながら、初のGT-1クラスにも出場した。そしてチームとしては、初めて『もてぎ』を意識した。他のチームは、最初から『もてぎ』を意識していた。我々は遅過ぎたのだ。しかしGT-1車両を所有し、ガレージCにスポーツカート文化が根付いた。そう信じたい。勉強の1年だった。なんだったら必要な時間だったのかもしれない。「来年こそは!」、皆もそう思ってくれているようだったのが嬉しい。しっかりマシンを熟成し、来年の準備ができればと思う。

また僕個人として、今回ドライバーとして参加しなかった。この1週間、気に病みつつも愛着あるGT-1車両に、全開では乗ってないのである。「僕が乗らないでどうする!!」 そういう気持ちもある。レーシング活動と日程が重ならない4stスポーツカートの耐久レース、近々ではフェスティカで開催される『4stトライアングルツアー』第4戦がある。参加者を募って、参戦できればと思っている。

さてさて悲しいことばかりではない。GT-1の優勝は兄弟チームである『SAFTY FAST』。AS杯では無敗の5連勝である。兄弟チームたる所以は、ガレージC所属ドライバーである”マツケラさん”と”あまっつ”が参加していることにある。”あまっつ”はGT-1クラスのファステスト。本当におめでとうございます。そしてGT-2のファステストには、我らが師匠・岡田さん。流石です。

AS杯Rd.5表彰式AS杯Rd.5、GT-2ファステスト

あー、終わった。来週はレーシングのレース。秋ヶ瀬で行なわれる『チャレンジカップ in CA』だ。先のレース以来一ヶ月以上、カートに乗ってない。やばい。でも頑張るぞ!!